お侍様 小劇場

     “ツバクロ翔る” (お侍 番外編 115)
 


三月の末となってもなかなか暖かくならず
“春めきはいつ?”と案じられたものが、
ほぼ1日でというノリでぐんと暖かくなったり。
そうかと思えば、やっぱり上着は手放せない寒波が戻って来たり。
それが一気にソフトクリームが恋しいほどの陽気で
GWを楽しむ皆様を踊らせたかと思えば、
すぐさまの今度は、
雹や雷が容赦なく降るような不安定な天候を続かせたりと。

 「花粉こそ少なかったそうですが、
  黄砂もなかなかに長く漂っていたそうですし。」

体調を崩されたお人も多かったでしょうねと、
しっとり落ち着いた声で話しかけられて、

 「………。(頷、頷)」

自分の周囲にも心当たりがあるものか、
神妙なお顔になって頷きつつ。
はいお待ち遠うとお店のおかみさんから手渡された包み、
七郎次を経由したそれを、
こっちで預かろうというお手々を出すのが。
島田さんチの次男坊こと、久蔵さんであり。
おっ母様、もとえ表向きには従兄弟の
七郎次さんとお揃いの金の髪をしており、
ただ、
手ですくえば涼やかな金の音さえ立ちそうな、
さらっさらの直毛というお兄さんと違い、
こちらさんはふわふわした綿毛を思わす、
軽やかなくせっ毛なのが大きく違うところ。

 『今もかわいいですが、
  小さいころはもうもう天使みたいに可愛らしくて』

……と。
人様から聞かれるとそこまでも引っ張り出して来ては、
くうぅ〜っなんて咬みしめ直すことも多々ある七郎次なので。

 『………。///////』

高校生になってかわいいもなかろと思いつつ、
でもでも、シチが嬉しそうなら まあ・いっかと。
そういう順番で
目許を微妙に和ませてしまわれる久蔵さんなのも相変わらずで。

 「それにしても、今日はまたいいお天気ですよねぇ。」

五月は結構暑い日も多く、
そのフライングが嘘のように陰さえ引っ込めた結果、
肝心な衣替えの当日は
半袖から鳥肌が立ったなんて話が例年のことなのに。
今年の六月は、結構なお日和のまんまで始まっており。
陰れば袖のあるものが要るものの、
陽が照ればたちまち目映い陽が張り切ってくれて。
帽子や日傘がないとのぼせてしまうかもというほどの
大したお天気が続いてる。

 「おお、もうスイカが出てますか。」
 「そうさ。
  しかも、年末やクリスマスみたいな温室栽培じゃあないよ?」

種類としちゃあ早生じゃああるが、
それでも南の方じゃあもうもう普通に収穫が始まってると。
八百屋のおじさんが我がことのように自慢げにおっしゃって、
とはいえ、それを遮るように、

 「でもまあ、夏場にいやってほど食べられるもんでもあるからねぇ。」

旬のものや四季折々の風味、
ちゃんと取り入れなさるシチさんだったら焦ることはないと。
小柄な女将さんはあんまり強引には薦めない。
今時の旬なら、そうだねぇ、
アメリカンチェリーやアンデスメロンに、
そうそうそれからと、

 「びわもそろそろ甘いのが出るよ?」
 「あ、そうでしたね。」

ウチにも樹がありますが、
収穫するつもりはないものだから放ったらかしで。
おやそれは勿体ないねぇ、
シチさんだったら手入れも丁寧だろうから
その気で世話すりゃあ美味しいのが収穫出来ように、と。
おかみさんとのそんな会話を聞いていて、
うんうん、よく判ってらっしゃると、
お母様がほめられたことを敏感に嗅ぎ取ると、
次男坊が大きく頷いてしまうのも、まま毎度のことだったり。(苦笑)




      ◇◇◇


本日は地域一斉の実力テストがあったとかで、
授業はそれのみの早上がり、
平日だってのにこんな明るいうちから帰宅していた久蔵殿で。
商店街にて遭遇した最愛のおっ母様からトートバッグを奪い取ると、
お買い物にお付き合いという“寄り道”を敢行していた いけない子だが、
そのくらいは生活指導の先生も細かく言ったりはしなかろう。(当たり前)
雲一つないお空はぴっかぴかで、これは気温も上がりそう。

 「そうだ、今日はおやつに水羊羹を作りましょうか?」

お料理は一通りこなせるが、お菓子のほうはまだまだ初心者。
ともすれば
お隣にお住まいの、それは器用な五郎兵衛さんの腕前が
目標だったりする七郎次だが。
和菓子に限っては、
上新粉を蒸して作る団子や、芋やカボチャの練りきりなどなど、
久蔵の乳母だったツタさんというご婦人から教わっていたため、
一通りは何とか物にしてもおり。
小豆と寒天、砂糖と、他に何が要りましたかねと、
そこまでなら買い置きがあるのだろ、
指折り数えつつ、お隣にいる次男坊へはんなりと微笑いかける。

 「〜〜〜〜。///////」

いやあの、えとえっと。/////////
冷静になれば思い出せもしますけれど、
そうまで綺羅らかな笑顔で訊かれましてもと。
玻璃のように澄んだ水色の目許も印象的な、
色白な細おもてを向けられて。
すべらかな頬は元より、
涼しげに少し開けたシャツの襟元から覗く
すんなりした首条や鎖骨の周辺にも、
どこにもホクロ一つないほどの澄み渡った麗しさをたたえし、
久蔵次男坊にとっての魅惑の存在。
いつも傍に居たい気持ちに偽りはありませぬが、
この季節のおっ母様は眩しすぎるのが 少々難でもある様子。
優しい顔容の玲瓏透徹な美々しさへと見ほれておれば、

 「お手製のもよろしいが、
  京は本場の匠がこさえた水ようかんは どうえ?」

そういや、
関東と関西では“くずもち”が全然別物と聞いたのですがと。
こんなタイミングで
“県民あるある”をついつい思い起こしてしまったような。
イントネーションも流暢な、
それはそれは雅な西方なまりでのお声かけ。
商店街から出て来たばかりの島田さんチのご兄弟へ、
ふんわりと投げかけた者がある。
え?とお顔を上げた七郎次の素直さと反比例で、
素早く盾のようになって立ち塞がりかけた久蔵だったのへ、

 「それはあんまりやおへんか? 久蔵殿。」

深紫のふろしき包みを小わきに抱え、
初夏に向けてのそれだろう、
ほのかに若草色の緑を感じるカーキのスーツを小粋にまとった、
三十に届くか否かという年頃の男性が、
嫋やかに頬笑んで立っておいで。
彼らととっつかっつの長身に、柔らかそうな質感の髪。
涼やかな目許はたわめられると甘く黒目がちとなり、
すんなり通った鼻梁の下には表情の豊かな口許がほころぶ。
非難をのせた文言さえ伸びやかに響くいいお声で
ついつい人を立ち止まらせてしまうよな、
そんななかなかのイケメンではあるが、

 「……何でまた、良親様が?」

いきなり警戒態勢に入った久蔵ほどではないながら、
それでも…七郎次にしたって、
この彼がこんな場所にひょいと現れれば、小首を傾げてしまうというもの。
彼らの属す“島田”一門の西の支家を束ねる総代。
須磨の頭領という重い役目のお立場だというに、
隋臣というか連れというかを同伴させもせず、
単身でそこいらをひょいひょいと闊歩していいお人ではないはずで。

 「なに、大したことやあらへん。
  野暮用があって こっちへ来たついでや。」

ほれと差し出された包みは
水羊羹との仰せのとおり、それなりの重さもあったので、

 “次いででこんなお土産も?”

用意周到なところは、だが、
表向きのお顔も営業畑に縁深い彼には珍しいことでなし。
こんなところでの立ち話も何ですよねと、
七郎次がまずは我に返っての歩みを進めると、

 「〜〜〜。」

こちらさんはまだどこか腑に落ちてはないような不満顔ながら、
それでも七郎次が認めたならばと、
久蔵もまた、立ちはだかってた立ち位置からは退いたものの、

 「いやいや、お宅まではご一緒できまへん。」

つか、それやったらお家の方で待ってたてと、
手入れの行き届いた綺麗な手をお顔の前で優雅に振り振り。
やっぱりはんなり品よく微笑って見せてから、

 「俺が来たんは伝書鳩代わり。先触れ役やよってな。」

ほんまは こんなんしたらあかんのやけど、
ましてや久蔵もおいでや、
何も心配いらんやろて言うたんやけどもな。
そんなお言いようを付け足してから、

  差し出したのは、1通の白い封筒。

え?と、貴婦人のようなお顔の表情が止まった、その一瞬の間に、
ササッと横合いから別の手が出るのもお見通しだったものか、

 「こらこら、あんたはんのや おへんえ。」
 「〜〜〜

降ろし切るすんで、摘み取られ掛かった刹那にひょいっと。
手首だけの所作1つで絶妙に持ち上げて、
相手の指先から遠ざける間合いの、
何とも巧妙にして小憎らしかったことか。
そんなささやかな鍔ぜり合いの攻防にも気づかぬほど、
ややもすると一瞬 転寝していたかのように呆けていた七郎次が、
あっとやっとのこと何にか気がついてのそのまま、

 「あ、でもあの、そんな……。///////」

だってそれってあり得ない。
何処へどんなという仔細詳細、
家人どころか、ともすれば当人へも一切告げられぬまま、
突然ふいっと段取りを用意されての、
そのまま“現地”へ発っていかれるのが勘兵衛のお務めの定石で。
しかもしかも、勘兵衛本人が出張るほどもの代物といえば、
緊急を要する事象なため、
勘兵衛の単独行という拵えしか
間に合わなんだという事態も珍しくはなく。
当然のことながら、目につかぬ舞台裏などでは
掻き集められる限りという人員でのフォローをしてもいるけれど。
肝心要めの現場へは、
どれほどの危険が待ち受けていようとも、
最小限の装備にてその身ひとつで飛び込まねばならない事案ばかり。
例えば 専横跋扈が問題視されている権力者が、
その地位揺るがすほども都合の悪い証人を抹殺しようとする企みから、
危険物質を無責任にも未処置で放棄したがゆえ、
被害甚大となっている村落なのを、
関係者のみの一存で焼き払おうという悪魔の所業まで。
たった一人で飛び込んで、そんな事実が執行されんとした事実ごと、
耳目に焼き付けたその上で、
責任者らが言い逃れ出来ぬよう、
“如何なものか”と白々しくも宣告しにゆくという、

  そこが快感だから続けられるんじゃあ?と

そうとしか足し算が存在しないようなほど
苛酷な務めをこなしておいでの宗主様だから。
その傍らにいて、
真実まことばかりを見て来たお立場の良親だからこそ、
このような“例外”をこそりと持ち込みたくもなるものか。


  ―― 今宵は 蕎麦でも食したい


なんていう、手短な伝言をわざわざ届けて差し上げること。
務め直後の様々な後始末の要らぬ身なればこその身軽さと、
伝手は山ほど持ち合わせているのでという“脚回り”の軽やかさから。
あの惣領殿が一番帰りたい処においでの君へ、
一足先に辿り着き、双方ともに安堵させることくらいは

 『誰にも言わへんかったら問題もないんちゃうん。』
 『まずは俺に気づかれとる手際で、何を言う取るかな、ああ"?』

そういう企みやったら まずは俺へ1枚咬ませんかいと、
山科の家長様のご用意なさった“上へ乗っかれ”系大ボケ発言へ、
どっちからツッコミましょうかねぇと、
御主と実兄を相手に、
あの如月くんがこめかみに青筋立てそうな…という展開のほうは、
西の彼方で繰り広げてもらうことにして。
(大笑)

 「…勘兵衛様、今宵 帰って来られるようですよ?」
 「……。(頷)」

だからお蕎麦が食べたいって、と。
自筆なのだろ小さな用箋、大切そうに抱きしめた、
おっ母様のしみじみとした笑顔には
さしもの次男坊も反発出来ぬ。
よかったねぇと微笑んでやってから、
改めて見回す周囲にもう誰もいないのへ
こそりと口許曲げたものの。

 “無事に戻らねば…。”

シチが悲しむのだ、とっとと帰って来いと。
素直じゃあないながら、こちらさんもやはり案じてはいた、
誰か様のご帰還を前にした、家人の二人。
ツバメの影が先触れとなり、
そのまま街路樹の梢をゆらして吹いた、爽やかな一迅の風の中。
お揃いの金の髪をくすぐられつつ、
白いお顔を見合わせ合うと早く帰ろうさあ帰ろうと、
ついつい足取りも速まった、現金な人たちだったのでございます。






   〜Fine〜  12.06.06.


  *久し振りの西の総代様でございます。
   勘兵衛様の出番は…でしたが、
   同時に居合わせると
   賑やかなだけじゃあ収まらぬお話に成りかねぬので
   どか ご容赦を。
(笑)

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